私は結局何が好きだったのか

 思えば、物心ついた時からジャニーズが好きだった。お小遣いを握りしめて友達とドキドキしながらショップに並んだ幼少期、遠征という単語を覚えて友人と全国各地に飛びまわった大学生時代、仕事や恋愛が占めるウエイトが大きくなるに連れて現場からは離れつつも偶にテレビで見かけると嬉しくなっていた社会人初期、想定外の鋭角なUターンをキメて見事に返り咲いてしまった現在。浅瀬でちゃぷちゃぷ遊んだり深海にどっぷり沈んだりしつつジャニーズのコンテンツに触れながら生きてきた。今後もこんな日々が波のように満ち引きを繰り返しながら続いていくものだと信じていたし、オタ活との距離感に自分の歩んだ人生が表れているなあとも感じていた。

でもそれらは全て「彼らが変わらずに形を保ったままで同じ位置に存在していること」が大前提だった。私はすっかりそのことを忘れていた。あまりにも長い間、生まれる前からずっとそこに在ったのだから。だからこれからも変わらずに在り続けるのだと、漠然と思い込んでいた。そんな保障など何処にも無かったのに。

 私は、灯台を見失った船のような気持ちになっていた。

 

 第一に、昨今の問題については「どのような課題が存在していて、解決策としてこのような行動を取る」という相関関係を明確に示した上で被害の救済を進めて欲しい。目に見える何かを変えることに重点が置かれるあまり「何のために」が置いてけぼりになってはいないだろうか。目的と手段が逆転してはいないだろうか。何よりも、どうか心を痛める人がこれ以上増えることがありませんように。直接的、間接的問わず一連の件で被害を受けた人たちがこれから適切な対応を受けられることを望んでいる。

 

 そしてもうひとつ、最近ずっと考えていること。ジャニーズという趣味が私にとっての灯台だったとして、その光は結局なんだったんだろうか。応援しているアイドル(いわゆる自担)は変わったり増えたりと変化を重ねていた中で、それでもずっと"変わらない"と確かに感じていた光の正体。「ジャニーズが好き」という私は、結局のところ何に惹かれていたんだろう。

 空を飛んでいるヒーローでもなく、手を伸ばせばすぐに触れられる人間でもなく、同じ国で同じ時代を生きていて、でもほんの少しだけ地面から浮かんでいそうな人たち。自分の毎日にいちばん近く、でも絶対に交わらない場所にある人生。その距離感だからこそ得られる感情が確かにあった。

 ポップでキラキラした音楽、細部にまでこだわった豪華な衣装、訳がわからないのに何故か最後には感動してしまう舞台、暗闇を彩るペンライトの海、巨大なうちわで好きな人の顔面を掲げる文化、メンバーカラー、「尊敬する先輩」、315円で些細な日常を共有してくれたウェブ、地元が被災した際に支援してくれたこと、感染症下で生まれた一生懸命手を洗う歌、帝国劇場の赤い絨毯。大集合で新年を祝うカウントダウン。とてもじゃ無いけれど此処に書ききれないほどの些細な要素が少しずつ積み重なって、地層のように長い時間をかけて、私の「好き」のかたちは構成されてきた。

 大衆向けの文化だとかアイドル産業だとか様々な表現があると思うけど、私にとってのジャニーズは地に足をついて見られる夢で、日常の延長線上にいつもある身近な芸術だった。きっとそういうところが好きで、いつも同じ場所から毎日を照らしてくれる光だった。

 

 大学時代の教授が言っていた「貨幣は世界最大の宗教である」という言葉をいまでも偶に思い出す。ただの紙が貨幣という名前を与えられただけで、良くも悪くも全てを左右する効力を持ってしまう。共通の認識がいつのまにか事象に本来持っている以上の意味を与える。

もちろん規模も解釈も正確には全く違うが、私にとって「ジャニーズ」もいつの間にかそういう神話に近いものになりつつあったのかもしれない。良くも悪くも目が醒めるような一連の出来事を経て、これは神話でも宗教でもなく、人間が発信しているコンテンツに過ぎないことをやっと認識することができた。だからこそ事務所はタレントに限らずすべての関係者が適切な環境下で生きられるように、全ての人を傷つけないエンターテイメントのために、まだまだ議論を重ねていかなければならないのだと今なら思う。

 ジャニーズは完結している神話ではなく、これからもまだまだ続いていく物語であって欲しい。どうか、良い方向に進みますように。私の好きな人たちが、今日もできるだけ元気でありますように。

 どうしようもない毎日を今日も必死に泳ぎながら、また灯台に光が灯る日が来ることを心から願っています。