パンクした限界社会人がなにわ男子さんに救われた

 その日、私は限界だった。極めてシンプルなキャパオーバーである。記憶にある限り初めての経験だった。担当している全業務がほぼ同時にパンクしてしまい、どれ一つとっても納期に間に合いそうにない。積み上がったタスクが360度の壁となり、まさに文字通り身動きが取れない状態にまで追い込まれていた。

 もうこの段階まで来てしまうと後はいかに被害を少なくできるかを考えて調整を重ねるしかない。しかし繰り返すが、その日の私は限界だった。指が動かない。頭が働かない。今となっては本当に不思議だが、PCの電源を入れることすらままならなかった。被害の大きさだけで言えばもっとヤバい状況になったことだって数えきれないほどあるはずなのに。「どうしようトラブったヤバいヤバいヤバい無理!」と言いながら数々の荒波に揉まれて結構な年月を生きてきたが、本当に限界値に達した人間は「ヤバい」すら口に出せなくなるということをこの日初めて知った。(今思えば作業量そのものよりも疲労により処理能力が極端に低下していたことが問題だったと思う。)

    身体が動かない、脳が考えることを拒否している、己の肉体のはずなのに全く制御が効かない。混乱しながら会社用端末をベッドにダイブさせて現実逃避に縋った私用のスマートフォン。見慣れたYouTubeのアイコンに吸い寄せられるように触れた指先。そして目に飛び込んできた、一本の動画。

youtu.be

 目が覚めるような鮮やかなイエローと「なんかすんごい笑顔だなこの子たち……」とぼんやり思ったことを今でも覚えている。(言ってもまだ一ヶ月もたたない割と最近の話だが)

   太陽光を浴びた気分になれるようなキラキラした映像と前向きで優しい言葉が並ぶ『サチアレ』のMV。僅か3分足らずのこの映像で、信じられないくらい号泣した。我ながら狂気を感じるレベルの決壊っぷりだったと思う。なにもかもが眩しすぎて、なんの涙なのかもよくわからないままとりあえず引くほど泣いた。そして力を振り絞って動かした親指でリピートしてはまた泣いてを何度か繰り返しようやく涙が止まった頃。「なにわちゃん、なんか好きかもしれない」は、「好き!!!!!」に変わっていた。

 ちょうど少し前に知人から「○○さんはなにわちゃんハマると思いますよ〜」と勧められていくつか動画を見て「たしかにカワイイな〜!これは人気でるよな〜!」となんとなく思っていたのだが、限界を迎えた朝に見た彼らはこれまでとは全く違って見えた。なんというか、風邪引いたときに食べるお粥だった。「今の私に必要なのはこれだ……」と直感が降臨した(自分でもどんな表現だよと思うがお粥アイドル…!とマジで感じた)こうして私は、ベッドから出ることに成功した。関連動画のサムネイルをタップした。画面に触れた指先はもう明確な意志を持っていた。

 動画を順に追っていて気付いた。なにわ男子さんたちは、身内(メンバー同士)であっても行動や会話を全否定しない。話の流れでツッコミを入れることはあっても、その直後には優しい言葉をそっと贈り合うような関係性。なんて胃に優しいアイドルなんだ!シンプルにめちゃくちゃ感動した。ちゃんと面白いのに誰も傷つかない。どの動画を見ても提供される「愉しさ」のバランスがとても心地よくて、なんだか新鮮だった。

 そして何よりも7人の笑顔。サチアレのMVなんてもうどこをどう切り取っても常に満面の笑み。「笑顔は人を幸せにする」なんていう最早くたくたになるまで使い古された表現がこの歳になって実感できるなんて思いもしなかった。ここからは一方通行にも程がある烏滸がましい話だが、こんなにたくさんの笑顔を浴びたのが本当に久しぶりだったのだ。たとえ画面越しだとしても。直接会ったことも話したこともないアイドルだったとしても。「この子たちどの動画でもいつもめっちゃ楽しそうだな〜」と思って見ていたら本当に不思議なことに、なんか私まだ頑張れるかもしれないという気持ちがじわじわ湧いてきた。きっと彼らは何も知らなくて純真無垢だからいつも笑顔でいられるというわけではなく、寧ろ私とは比べられないほど大変な思いをしてきたはずなのに、目を覆いたくなるような光景も見てきたはずなのに、それでもめちゃくちゃ楽しそうに笑っている。「その瞬間を楽しんで生きること」に常に全力を注いでいるなにわちゃんたちの姿勢に、いつのまにか私まで画面を見つめながら笑顔になっていた。ついさっきまでこの世の終わりみたいな顔をしていた女が、決壊したように泣いて、最後には笑顔。文字にするとなかなかパンチの効いた恐ろしい光景であるが、兎にも角にも「今日を笑顔で生きるより大切なことなんてこの世にあるか?!いや無いな!!こんなところで凹んでる場合ではない!!!」と謎の闘志に火がついた私は、結果的に無事なんとか出社に漕ぎ着けることができた。

 出社途中に一瞬東急ハンズに立ち寄り、今まで使っていたものよりもひとまわり大きいサイズの手帳を買った。文字で埋まり過ぎて解読困難なほど真っ黒になってしまった古い手帳を、出勤してすぐに捨てた(正確にはマスキングしてシュレッダーにかけた。地味に大変な作業だった。)そして、まっさらなページに全てを書き直した。パンクした限界社会人がもう一度動き出した瞬間だった。

 もしあの朝なにわちゃんの動画を見る前の精神状態がずっと続いていたら、近い将来に本当の意味でメンタルを病んでいたかもしれない。仮定の話で済んだのは、間違いなくサチアレがきっかけだった。あの笑顔に救ってもらったと思う、本当に。

 

 世界一胃に優しいアイドルたちにありがとうを込めて。無闇に仕事を抱え過ぎた自分に戒めを込めて。なにわ男子さんのファンになった日の最初の記憶でした。

 (CDと円盤を買って単純に曲がめちゃくちゃ好みだということもわかったので、そのエントリーもいつかまた書きたい)